1月1日
朝、昨日スーパーで買っておいたあんこと餅でおしるこをつくる。餅はよもぎのやつで、あんこは年末年始ということで若干良いやつを買ったので、やや優雅な気分になる。よもぎを食べると、この独特の風味を通して、小学校の家庭科の授業でよもぎの白玉をつくったことを思い出す。グラウンドの脇に生えているよもぎをみんなでせっせと採集して、家庭科室でなんらかの仕方で白玉に混ぜたのだった。味は本当においしかったのだけど、帰宅するとき、グラウンド脇におしっこをしている散歩中の犬を見てしまい、かなり微妙な気持ちになったことを今でも覚えている。というか忘れられない。しかしよもぎは引き続きずっと好きだ。昼過ぎ、近所の神社へ。長蛇の列で三十分ほど並んでから参拝して、おみくじをひく。なぜか絶対に大吉が出るという確信があったのだけど、実際引いたのは大吉だった。こういう直感、めったに発動しないのだが、発動するときはほとんど外さない(年間2回ほどあると思う。2026年、既に一回使ってしまった)。
12月31日
かなり久々の、ひとりきりの年末年始。家族は妻の実家へ、僕は年明けたらすぐに茨城に行かなくてはいけない。年の瀬なので仕事はセーブしておこうとすると、家でひとりでいてもやることがマジでないので、前回に引き続き家を片付けることにする。室内には片付ける部分がなくなってしまったので、室外を片付ける。東京のアパートは古いRCの上階で、斜線制限によって生じた謎の広いベランダがついている。これまで物置同然だったのを整理して、外部の作業スペースのような場所を設えてみた。とはいえ小さな子供がいるとベランダは実にセンシティブな場所となる。椅子もプランターも、一歩間違えれば致命的な踏み台になりかねない。ということで、思うように使いこなすことはとても難しいのだけど、そうしたパラドックスに悩まされ続けながらも、今後はもう少し活かしていきたいと思う。夜、テレビがないため年末っぽく過ごすことは諦めて、ネトフリで最近配信された「白と黒のスプーン ~料理階級戦争~」シーズン2をみる。
12月28日
ヴェネチア・ビエンナーレの帰国展が、年明け1月24日から始まる。諸事情あって告知が遅れ、一昨日配信されたばかり。なにはともあれ、日本でより多くの方に作品を見てもらえる機会なので、無事開催されるのはありがたい。
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20260124-20260301
ありがたいとは言ったものの、自分らの展示スペースは自分らでDIY的に準備している。限られた予算でなんとか展示を実現しようと奔走している。本当はもっと色々な人にヘルプで入ってもらおうとしてたんだけど、実現するかどうかも怪しかったので、結局自分たちでなんとか進めている。
ヴェネチア関連でずっと困るのが、服。レセプションやらパーティやらがとにかく多い。僕のこれまでの人生では想定もしていなかった数のそういうたぐいの集まりがあって、しかもどの会も適当な服装ではいけない(どうしても見られてしまう)。帰国展でもやっぱりそれがあるので、どうしようかと悩む。ワードローブを増やす機会くらいに考えるのがよいのだろうが、ハレの場と日常服の整合性が難しい。服に関しては、CAMIEL FORTGENSが最近の自分のデザインの考え方にとても近いなと感じる。Our Legacyも面白いと思う。ところでOur LegacyのBorrowed Shirt(借りてきたシャツ)に作り方には、小さくない発明性があるように思える。単に大きかったり小さかったりするのではなく、他者の身体の痕跡のようなもの(恋人かもしれないし、父親かもしれない)をデザインに落とし込む際に、あえて余白・匿名性を残している感じがする。その服のほんらいの所有者が誰か(というナラティブ)、は、あくまで着る側が決める。ことができるような、そんなバランス。
12月27日
堀越(東京理科大学助教)に誘われて、吉村順三の旧・園田高弘邸(現・伊藤邸、1955年竣工)を見学する。茨城大学の学生も数名引き連れての、僕にとっては人生初の吉村住宅。延床70平米ほどの小住宅だが、抜群に良い。驚いた。1階は40平米。メインフロアへは段差を二段降りてアクセスする。ほの暗い洞窟のなかに入ったような感覚。かつてはグランドピアノが二台置かれていた吹き抜けと、その脇にある天井高の低いアルコーブが対照的。アルコーブ沿いは基礎のコンクリートが立ち上げられ、気合の入ったデザインの薪ストーブが取り付く。ピアノ二台をどう収めるかという切実な条件から逆算されたのだろう、空間には様々な角度の「振り」があり、それが予期しない広がりを作り出している。アルコーブの天井高は2000mmを切るかどうかといった寸法。梁が現しになり、板材が斜め貼りされているのが見える。天井を張らないことで成立する高さだが、ゆえに、板の貼り方にまで極めて繊細な意匠的配慮がなされている(もちろん斜め張りにしているのは構造的な意味合いもあるのだろうが)。階段のロジックも鮮やかで、前述したようにメインフロアはエントランスから2段下がる。このエントランスから2段上がると(つまり1階メインフロアから4段登ったところで)バスルームが振り分けられる。そこから2階までは、7、8段ほどしかなかったと思う。通常の半分程度のステップで到達してしまう感覚。1階のメインフロアを300mmほど下げつつ、同時にアルコーブの天井高をギリギリまで抑えているからこういうことが可能になる。階段を上り切ると、あれ、もうついちゃった? と身体がまだ階段を上りたがっている、ところで、二階の手すりは想定よりも低いから、重心がぐらっと下に引っ張られる。独特の浮遊感。わずかな段差で行き来できる上下のフロアは非常に緊密な関係にあるのだが、同時にどこか遠さも感じさせる。寝室の窓から外を眺めると、地面がたいそう近い。
その後に訪れたのは、ギャラリーとして公開されている原広司の粟津邸。園田邸とはきわめて対照的な、良い意味でとても形式的な、宇宙船が地上に降り立ったような建築。内外の認識が室内を動き回るたびにくるくると反転し続ける。非日常的な経験だが、ふと窓から外に目をやると、外部の斜面と自分がいる場所が地続きであることを実感させられる。建築の形式が自律的にふるまうには、その形式の採用にどこかあっけらかんとした、明快な必然性がないといけない、と思っている。そのお手本のような建築だなと思う。
この建築を引き継がれて、こうして開いていらっしゃる粟津ケンさんとも、帰り際にいろいろ話をさせてもらう。建築のひとびとが名作を前にしたときに陥りがちな「無責任な全肯定」について話題になる。保存を声高に叫び、その空間を熱心に語りはするものの、維持のための資金繰りや行政との交渉といった泥臭い実務には驚くほど無関心で、手を出さない。特権的な鑑賞者の立ち位置に留まり続けることへの違和感を、お話のなかで共有した。個人的には、建築の形式や原広司の思想に耽溺する手前に、そもそもこの場所をどう物理的に残し、運営していくかという「生存戦略」のほうにこそ興味がある。この切実な問題に真摯に向き合うことこそが、結果として、より深い建築の思想や理論へと合流していく道筋になると思う。理論も思想も、いつだって解決すべき具体的な問題、構造的な課題に差し向けられるものだ。
夜、乃木坂ハウス(岩岡先生の自宅兼事務所)にて突発的な忘年会。先生は年明け、生まれて初めてハワイに行くらしい。
12月26日
キャベツがまるまるひとつ余っているが、キャベツを一網打尽にする料理はロールキャベツしか知らない。キャベツの芯をとって30秒ほど塩茹でして柔らかくしてから種を包む。これまで通りの作り方だが、今回、自己ベストを更新した気がする。これまでと違ったのは以下の2点。①昨晩冷凍庫から冷蔵庫へと移されたひき肉がまだちょっと凍っていたこと、②コンソメスープにトマトを入れたこと。①に関しては、ハンバーグ等でひき肉をこねるときはできるだけ冷たい状態のほうがいいと聞いたことがあって(氷を入れてコネる人も実在するらしい、ドMなの?)、肉の食べ応えがしっかり残っていたのはこれが原因かもしれない。手が信じられないくらい冷たくて負けそうになりながらコネた甲斐があった。②に関してもスープにトマトのうま味成分が出たのかもしれない。やっぱりどう考えても肉ってレンジで解凍するより自然解凍のほうがおいしいのだが、前日に冷蔵庫に移すというひと手間がなかなかできない。
12月24日
明日で大学は仕事納め。今日は教授会が午後にあった。年末の教授会は例年通り長い。会議の終盤、「オンラインのコンプライアンス講習受けてない人は受けてください。受けないままだとかなりやばいです」的なアナウンスがさらっとあり、かなり焦る(受けてない)。できるだけ早く受講しようと心に決める。ひさびさに車ではなく特急で東京に向かう。都内のアパートの駐車場を解約したので車は水戸に置いていく。特急ひたちは快適だった。電源もあるし、時間によってはとても空いているし、三郷あたりの渋滞で心をすり減らすこともない。帰り道のスーパーでケーキを買う。ケーキ屋で予約を取ろうと思ったときにはもう遅かったので、しょうがなくスーパーで、というわけなんだけど、想定よりもかなりしっかりとしたケーキで三歳児もご満悦である。値段も想定の1.5倍ほどしっかりしていた。